『最高の私で最高の告白を』/遊川小説

SIDE A

 9月に入って最初の日曜日、今日は私が好きな彼の誕生日。せっかくの誕生日、しかも日曜日なのに呼び出しに応じてくれたということは、聞いていた通り彼には恋人はいないということだ、多分。今日の予定を空けてくれたことに安心したのも束の間、約束をしたその日からドキドキが止まらなくなった。

 今日という日に備えて、夏休みは常に日焼け止めと日傘を差して日に焼けないように過ごしてきたし、ここ1ヶ月はいつもよりも良い化粧水や乳液を使ってスキンケアをしてきた。おかげでお肌の調子はバッチリだし、お化粧の乗りもかなり良い。いつもより更に丁寧に入念にメイクをして、髪だっていつもよりも時間をかけて巻き巻きして、かなり満足のいく仕上がりになった。

 告白するって決めてから、なんて言ったらいいのか暇さえあれば考えていた。毎日眠れないくらい考えたし、夏季講習の授業中も上の空で何回か先生に注意されたこともあった。彼が同じクラスじゃなくて良かったとこういう時だけ思ってしまう。特にこの1週間はお気に入りのドラマですら頭に入ってこないほど迷って迷って迷いまくった。告白のセリフを台本に起こして何度も練習したし、今では「いただきます」とか「行ってきます」と同じくらい意識せずに言えるようになっていた。

 親友のアイちゃんにもたくさん相談したし、自信がなくなって落ち込んでいる時は支えてもらった。告白のシミュレーションも手伝ってもらったし、サプライズも一緒に考えてくれた。だから私はアイちゃんのためにも絶対に告白を成功させなきゃいけない。

 早起きして誕生日ケーキを焼いて、彼が部活で使えるようにスパイクを入れるシューズケースも買った。シューズケースは彼と同じ部活の後藤くんから、中学生の頃から同じのを使っててだいぶ古くなってるって情報を仕入れていたから絶対に喜んでくれるはずだ。

 出かける前に、お姉ちゃんに頼み込んで貸してもらったエルメスの香水を振りかけて、最高の私の出来上がり。

 待ち合わせのカフェに着いて、事前にお願いしていたサプライズの段取りをチェックする。と言ってもここはアイちゃんがバイトしているカフェで今日もアイちゃんは出勤しているから安心だ。アイちゃんが近くにいてくれるだけで心強い。

 それから数分後、待ち合わせのちょっと前に彼が現れた。ドアを開けて店内を見回す彼に、小さく手を上げて居場所を知らせた。彼は「暑いね」と小さく言い、アイスコーヒーを注文して、テーブルの上のお冷やを一気に飲み干した。

「きょうは、わざわざありがとねっ。せっかくの誕生日なのに私のために時間を割いてくれて…」

 緊張して早口になると可愛くないので、なるべくゆっくり話すように心がける。夏なのにホットココアを頼んだのは、寒がりな女の子って可愛いなと思ったからで、本当はメロンソーダが良かった。掌まで袖で覆った両手でマグカップをそっと包むようにして持ちながら上目遣いで謝る。萌え袖と両手持ちと上目遣いが似合うタイプの女子だということは自覚していた。

「ああいや、まあ良いよ。部活休みで暇だったし」

「なんか元気ない?」

少しいつもよりもテンションが低い気がして不安になってしまう。

「ああ、さっき起きたばっかりでまだ本調子じゃないかも。低血圧だから」

「そうなんだ。さっきまで寝てたもう3時だよ?お寝坊さんなんだね」

 学校では成績優秀で部活も真面目な彼が休みの日はダラダラと昼過ぎまで寝ているとは知らず、そのギャップがなんだかとても可愛らしく思えた。

 それからしばらく他愛のない話をして、時計が15時半になった瞬間に店内のボサノバっぽい曲が止まって、スティーヴィーワンダーが歌っている方のハッピーバースデーが流れ出した。少しだけいた店内のお客さんも異変に気づいたのか、周りをキョロキョロと見回し始めたので少し恥ずかしくなってしまった。彼が「え、何これ」と驚いた声を発したのと同時くらいのタイミングでアイちゃんが店の奥から私の焼いたケーキを持って来た。

 私が「お誕生日おめでとう!」と言うと、店内は拍手に包まれた。彼も事情を理解して、周りのお客さんにペコペコと頭を下げて礼をした。

「わざわざありがとう。びっくりした。そういえば今日誕生日だったわ」

「えへへ、サプライズ成功かな?実は結構前から準備してたんだ〜。せっかくの誕生日だからちゃんとお祝いしたいなって思って…」

 すかさずもう一つのプレゼントを渡してケーキをお皿に切り分けてあげる。あとはこのケーキの味が良ければサプライズお誕生日祝いの部はパーフェクトだ。

「ケーキどうかな?実はこのケーキ私が焼いたの。甘いもの好きだって聞いてたから、手作りしたいなって。結構練習したから、不味くはないはずなんだけど…」

「うん、おいしいよ。プロが作ったみたい。見た目も綺麗だし、パティシエになれるんじゃない?」

 彼の言葉に内心で「よし!」とガッツポーズをし、それよりもかなり抑えた小さめの声で「やったあ」と囁いた。甘いものが好きだと聞いていたからこのケーキはかなり効いたはず。あとは告白の部を成功させればミッションコンプリートだ。

 だけど、さあ次は告白だ、と思い始めたら途端に緊張し始めてしまった。思わず無言になって数秒間の沈黙が訪れた。完全にタイミングを逸してしまった。そんな私をよそに、彼は無言でケーキを食べていた。

「あのね、今日は、もう一つ言いたいことがあるんだけどいいかな?」

 無理して思い切ってこの沈黙を打ち破らないと、もう二度と言えない気がした。案の定、いきなり声を発したから彼もびっくりしていた。

「え、いいけど。どうしたの。なんか改まった感じで…」

「あのね…私ね…」

 腹を決めたら以外に落ち着いていた。事前に考えていた通り、恥ずかしそうに、自信なさげに俯く。その隙に目を少し潤ませて上目遣いに彼を見た。

「私、山田くんのことが好きなの…!去年同じクラスになって、同じ委員会でさ、いつも優しくていいなって思ってたの。それが今年違うクラスになっちゃって、会うことも話すことも少なくなっちゃって、そうしたらすごく寂しくて。いいなって思ってただけだったはずなのに、3組が体育してる時とか、廊下ですれ違う時とか目で追ってて、意識し始めたらもう止まらなくて、毎日毎日山田くんのことばっかり考えてるの。用も無いのに放課後残って部活の練習するの見てたり、キモチ悪いよね…」

 彼は黙って聞いていた。真剣な顔で私の顔を見つめている。あと少し、あと少しで、私の今日のミッションが完了する。

「私ってあんまり男子と話すことないし、大人しくてちょっと人見知りなのに、いつも優しくしてくれる。私にとって山田くんは、特別なんだって気づいたの。部活とか勉強とか頑張ってるの知ってるし、支えになりたいなって思うし、私も甘いもの好きだから一緒にお出かけできたら楽しそうだなって毎日想像しちゃうの。毎日毎日、山田くんのことばっかり考えちゃうの」

「私、山田くんが好きです」

 ここで、一呼吸置く。最後の一言がなかなか言い出せず、言葉に詰まったような間を空ける。1、2、3、4秒。意を決したように息を吸い、研究に研究を重ねた微笑み方で告げる。

「だから、私を山田くんの彼女にしてくださいっ!」

SIDE B

「そっか。ありがとう」

 そう言った瞬間、彼女は嬉しそうな顔をしていたが、告白における「ありがとう」は「でも、ごめん」の枕詞に過ぎない。「ごめん」を緩和させるためだけの、それほど心の込もってない「ありがとう」にどれほど意味があるのかは分からないが、それが作法というものなのだ。「つまらないものですが」と同じようなものだ。

 俺はそもそも告白の時の空気感が苦手だった。さっさと用件を言えばいいものを、回りくどい演出とセリフじみた言葉、自分に酔うためのわざとらしさで塗り固められた空間が気持ち悪くて仕方がなかった。

「でも、ごめん。伊藤さんのことそんな風に見たことなかった。実は俺、好きな子いるんだ。だから、ごめん」

 好きな子なんていないのだが、これが一番断る理由として楽なのだ。「でも、」と言い始めた瞬間から歪み始めた彼女の表情は、俺が言葉を最後まで言い切る前に泣き顔へと変わっていた。これ以上、言葉を交わすのも面倒なのでアイスコーヒー1杯の料金には多すぎるだろうが、1000円札をテーブルに置いて店を去った。バイトをしていない俺にとって1000円の出費は痛かったが、手切金だと思えばまあ、安いのだろう。しかし、帰りに本屋に寄って買おうと思っていた漫画を一冊諦めなければならないのは残念だ。

 なんだか1時間にも満たない時間だったはずなのに、どっと疲れていた。もちろん俺も馬鹿ではないので、来る前から嫌な予感というか、ほぼ確信していた。予定を聞いてきた時のかしこまった感じといい、誕生日という日取りといい、これまでの経験からきっとそういうことだろうと。普通の高校生男子がどう思うかは分からないが、正直なところ「またか」とうんざりする気持ちしかなかった。せっかくの休日なのに暑い中わざわざ外に出て、好きでもない女子の押し付けがましい恋心に付き合わされるなんて、罰ゲーム以外の何ものでもなかった。彼女や彼女の友人が今日のことを言いふらして、明日以降の学校生活の平穏が脅かされないか、それだけが心配だった。

 翌日、学校に着くと伊藤さんの友人、昨日のカフェにいた子が待ち伏せしていた。名前はたしかアミちゃんだかアイちゃんだかだったはずだ。気付かないフリをして通り過ぎようとしたけれどそれはもちろん叶わず、放課後少し残るようにと強めに言いわれた。今日は月曜だから部活が無い。逃げる口実を失って朝から憂鬱な気分になり、次第になんで俺がこんな気分にならなきゃいけないのかとイライラし始めていた。

 こんな日に限って1日が終わるのは速く、バレないように帰ってしまおうかと急いで教室を出ると、そこにはアミちゃん(仮)が既に待ち受けていた。これは逃げられないと観念し、言われるがままに中庭に行った。幸い伊藤さんはおらず、しつこく言い寄られるということではなさそうで安心した。せっかく部活が休みなのだから早く家に帰りたい。用があるんならさっさと済ませて欲しい。

「用件はわかってるでしょ?昨日のことだけど、何であの子のこと振ったの?あの子可愛いし、大人しくて女の子らしいし振る意味がわかんないんだけど。それにあんたは知らないだろうけど、あの子、昨日のために1ヶ月くらい前から準備してさ、誕生日プレゼントも悩んで選んで、ケーキも何回も練習して作って、サプライズだって頑張って考えたんだから。それなのに何であの子の気持ちを台無しにしたのよ。あんなに頑張ってる子の告白聞いて、何とも思わないの?」

 彼女の身勝手な主張に、せっかく落ち着いてきていたイライラが再燃する。他人のためのフリをして自分に酔いたいがための迷惑行為に何で俺が付き合わされなきゃいけないのだろう。自分には縁遠いからと他人の青春に無理やり首を突っ込んで、自分もその一員として青春を謳歌しているフリをしたいだけのクセに。姉御肌気取って安っぽい承認欲求を満たすためだけの時間に何で俺が使われなきゃいけないのだろう。本当に、腹が立つ。

「あのさ、逆に告白の仕方ひと工夫した程度で結果が変わると思ってんなら、俺のこと舐めてるとしか思えないんだけど。本当に好きなら別にどんな手段でも嬉しいしOKするし、好きじゃないならどんなに頑張ってもなしでしょ。

例えばさ、告白にLINEはNGとかメールはダメみたいな話あるでしょ?でもさ、そうは言ってもそれをしてきたのが本当に好きな相手だったら結局それでもOKするじゃん。たかだかその程度の欠点でダメになるならその程度の気持ちってことでしょ。告白の成否にその手段方法その他諸々は関係ないよ。気持ちの問題だから。人の気持ちをその場の雰囲気作りとか、言葉選びだけでコントロールできると思っているなら考え改めた方がいいよ。それを相手に押し付けて自分の望み通りの答えを引出そうって、それ脅迫と変わらないでしょ。

むしろ昨日、余計なこと言わずに帰っただけ親切だと思って欲しい。サプライズとか迷惑でしかないし。頑張って作ったって言うショートケーキもさ、俺甘いもの好きだけど生クリームは苦手なんだよ。それなのに俺のこと知ったような顔で『甘いもの好きだよね?』って得意げにさ。イチゴも苦手だし。プレゼントのシューズケースとかもさ、普段使うものってそもそも人それぞれこだわりとか好みあるしさ、貰った以上は使わなきゃいけない気にさせるしプレゼントとしては傲慢な部類に入るよね。本当に俺のこと考えて選んだのかな」

 イライラが爆発した分、言わなくて良いことを言っているのは自分でも理解していた。でも彼女は今回の当事者ではなく第三者だ。仮にこの話を後日伊藤さんに暴露するとしたら、それは彼女の悪意に他ならない。

「それは、あの子が後藤くんから中学から同じの使ってるって聞いて、新しいの欲しいんじゃないかなって思って選んだのよ」

「あのさ、中学からずっと使ってるってことについて何も考えなかったの?普通それだけ長く使ってるんだったら、何か思い入れがあるんじゃないかとか考えるよね。まさか、俺が貧乏でシューズケースも買えないと思ってたの?ちょっと調べただけで何も考えずに、それで分かった気になってるって結構イタイよ。それに何も知らないのに知った顔で押し付けられるのって結構苦痛なんだよね」

 あのシューズケースには願掛けというか、良いタイムが出た時のレーン番号のシールが貼られている。何年も使っているから剥がすことができないくらいにケースに馴染んでいる。そのシールが増えていくことが自分が積み重ねたものを表ているし、それが自信にもなっていた。それを何も知らない部外者に踏み躙られたような気がして不快だった。

「あんたって、良いやつのフリしてるだけでめちゃくちゃクズ野郎なんだね。本当最低。クズ野郎のくせになんであの子に優しくしたのよ。変に気を持たせるような態度取らないでよ」

 正論を言っただけでクズだと言われる風潮が昔から嫌いだった。論理で対抗しているのに、人間性という別の軸で相手を貶めて上に立とうとする人間は卑怯だ。

「なんでってそりゃするでしょ。逆にしない理由がない。人にきつく当たって得することなんてないし。優しくしといて損はないわけだから。情けは人のためならずって言葉の通りだよ。打算でも人に優しくできるなら、人にきつく当たるよりずっと良いと思うけど」

「じゃあだったらなんで今日はそんなにきついこと言ってんの?あんたが優しい人間なら言わなくて良いじゃん。ごめんで済む話じゃん」

 話してて分かる。この人はきっとそんなに頭が良くない。

「なんでってさ、今日は普段とは状況が違うわけじゃん。俺はいついかなる時も優しいわけじゃない。優しくするのはあくまでも距離感を弁えてる相手にだけ。今回に関しては俺を軽んじて小手先だけで支配しようとしたのはそっちじゃん。勝手にこっちの領域に踏み込まれて不快なわけ。だから言いたいこと言う。ここで我慢して良い人ぶるのは損だと思ったから。

どうせ言っても分かんないでしょ。まあ、屋外で虫見かけても近寄ってこない限り殺そうとはしないけど、部屋ん中にいたら躍起になって殺そうとするのと同じようなもんだよ」

 彼女は何も言ってこなかった。言っても無駄だと思ったのか、言い返されるのが怖かったのか。鼻息荒くこちらを睨みつけている姿がなんだかすごく情けなくて可哀想になった。

「今日のこと、伊藤さんに言うの?俺は別に言われても困らないけど。『あんたが好きになった男はクズ野郎だ。プレゼントは一つも喜んでなかったし、サプライズも迷惑としか思われてなかった』ってそれこそ君の言ってたあの子の気持ちを台無しにする行為になりかねないってこと、ちゃんと考えなきゃね。それじゃあお先に」