『パンダに会いたくなった』/遊川小説

 「上野公園の人だかりが、鬱陶しくなくなったらもう冬だよ」と教えてくれたのは誰だっただろうか。その子は「動物園より美術館に行きたくなったら冬だ」とも言っていた気がする。その子とはとうの昔に別れていて、顔も名前も、なぜ別れたのかも思い出せない。それなのにこうして、その季節が巡ってくる度に思い出す言葉があるというのは不思議だった。

 肌寒くなって布団を頭まで被って寝るようになっても、それでも上野公園の人だかりは、まだ少し鬱陶しかった。空が少し薄暗くなり、吐く息が白くなっても、彼女の言ったことを是とするならば今はまだ冬ではないらしい。涼しいと寒いの中間から、寒いの方がかなり勢力を強めてきたこの時期に、わざわざ外で読書をするなんて我ながらどうかしている。

 僕は冬が嫌いだった。夏も嫌いだが冬はもっと嫌いだった。寒いせいで服を着込まなくちゃいけないし、そのせいで体が重たくなって動きづらい。室内は暑いから着込んだのを脱がなくてはならないし、外に出る時に着直さなければならないのも面倒だ。それにクリスマスだのバレンタインだのと押し付けがましいイベントが続発するのも嫌いだ。そっとしておいて欲しいと思う。冬なんて家の中でゆったりするのが一番なのに、外に出ることを強制されているようで居心地が悪い。それなのにわざわざこんなところで読書をしているのは、この本を貸してくれたあの子が「寒い外で読んだ方が良いよ〜」なんてことを言うからだ。せっかく本を読むのなら100%の状態で読みたいという僕の読書家の性を上手くくすぐってきたからだ。実際、彼女に勧められた本は寒空の下で読んだ方が良いと感じた。ロシア文学は外だな、と自分の心のノートに新しいルールが追記されたが、少し悔しい気がするので彼女には言わないでおこうと注釈も入れておいた。

 少し強い風が吹き、身を縮こまらせていると枯葉が2、3枚風に乗ってやってきた。クルクルと足元で踊りだし、何度かターンを決めた後、また遠くへ飛び立って行ってしまった。その行末をしばし目で追い、やがて見えなくなって少し置いてけぼりを食らったような不思議な気持ちになって、なんとはなしに枯葉が飛んできた方に目を遣ると、みすぼらしく痩せ細った大木がそこにあった。なんだか恋というのは樹木のあり方に似ているとふと思った。本当はもうとっくに枯れているはずなのに、情なのか執着なのか、頼りない枝から離れたがらない。終わりが見えているのにしがみついてしまう。しがみついていたはずなのに、それも少しずつ少しずつ枝から離れて、最後にはその木には何も残らない。葉が枯れても木は枯れない。恋が終わっても、その人間の人生は終わらない。いつしかその木の下に、積み重なっていたはずの未練や思い出といった恋心の残滓も、時間という風に吹き飛ばされて、何事もなかったかのようにまた、春を待つようになる。

 かくいう自分もそんな恋をいくつも通り過ぎてきた。かつては花のように美しく、青葉のように瑞々しく、芳醇な果実の様でさえあったものが、時を経るにつれて地に落ちた枯葉のように、とるに足らない存在に思えてゆく。ものによっては、水溜りの中でぐちゃぐちゃに踏み躙られた「ゴミ」みたいな恋愛だってある。そんな恋愛を何度か経験して、いつしか恋が美しかった時代は過ぎ去っていた。それでも、誰かと結ばれることに喜びを感じていたし、満たされていたことは確かだと思う。ただ、漠然とした虚しさと少しずつ温度が下がっていくような感覚に怯えていたのかもしれない。

 そんな僕にも、もちろん初恋がある。甘酸っぱくもほろ苦い思い出がある。それはたしか13歳で中学1年か2年の頃のクラスメイト、恋心というのを明確に認識したのは、それが初めてだった。その当時は何気ない日々に彩りを感じていたし、密やかな想いに高揚していた。僕が恋をしたその子はクラスで4番目くらいに可愛くて、クラスで8番目くらいに頭が良かった。今で言うところのスクールカーストの最上位のグループに身を置きながらも、下々の人間とも分け隔てなく接するタイプで、当然のように人気があった。僕には無理だと半ば諦めながらも、それでももしかしたらと淡い期待を抱き、想いを募らせていった。だから陰ながら憧れ、妄想と空想で愛を育んだはずの彼女が、ただ喧しいだけのことを面白いと勘違いした、モテるためにサッカー部に入っているような軽薄な男と付き合い出した時には絶望した。そんなロクでもない男に振られて、教室でこれ見よがしに泣いている姿を目の当たりにした時、僕の初恋は終わりを告げたのだ。「なんだこの茶番は」と愕然としたのを覚えている。ひょっとしたら僕はその時すでに恋とは終わりに向かって突き進んでいくものなのだと、悟ってしまったのかもしれない。

 そんなことを暫し考えた後、この本を貸してくれたあの子のことを思い出していた。普段は明るいのにロシア文学の鬱屈とした空気感が好きだと言う彼女のことを。平均身長より数センチだけ背が高いのを過剰に気にする彼女のことを。小さい鞄にわざわざ文庫本を2冊詰め込んで持ち歩く彼女のことを。パーカーのフードには安心感があると少し不思議なことを言う彼女のことを。

 目線の先には枯葉を全て落とし寒さに震える、弱々しく情けない自分の分身が立っていた。その姿を見て、苦しいほどの寂しさを覚えた。哀しいほどの不安を抱いた。薄気味悪い焦りを感じた。そして無性に、彼女に会いたくなった。まだ少しだけ鬱陶しい上野公園の人混みに紛れて、彼女と一緒にパンダが見たいと思った。

 気づいたら僕は走り出していた。13歳の頃のように走って行ける距離に彼女はいない。それでもなんだか走り出したかった。その気持ちに気づいた瞬間に、都会のどこかグレーがちな景色の温度が上がる気配がした。薄暗い空に光を感じた。肌を刺す冷たい風を、内側から高揚感が跳ね返し始めているのを感じていた。

 ドラマチックな出会いも、全身を電気が巡るような直感も、運命的な示し合わせも僕たちには無かった。それでも今はこの気持ちがこれまでの恋心と違うことを確信していた。いつか枯れてしまうことを自覚した、惰性と諦観によって作りあげられる刹那的な快楽ではないということを。水をやり、陽を浴びせ、枯らさないように育てていくことが出来ると、そうしたいと初めて思ったのだ。

 ならばこれは、この恋は、この恋こそが僕の初恋なのだ。これまで何度も繰り返し、悲観してきた恋とは違う。どこまでも希望に満ちていて、いつまでも終わらないというその点において、これは初めての恋だ。永遠の長さなんてものは知らないが、永遠よりももっと先まで続く初恋だ。ならばこの初恋を、たった今蕾をつけたばかりのこの恋を、僕の最後の初恋にしようと、心の裏側、あるいは奥底で人知れず誓った。

 まだ冷めない身体の熱とまだ醒めない初恋への陶酔を引き摺ったまま、気づくと彼女と出会った街にやって来ていた。こんなところで偶然出会すような運命に今更期待はしていなかったが、それでもこの場所で始まった全てに、初恋という答えが見つかったのだと自分の胸に刻み付けておきたかったのかもしれない。

 何年か振りに全力で走ったせいで少し重くなった両足をどうにか動かし、ゆっくりと家に帰る。見慣れた通りに辿り着いた頃には、いつの間にか日は落ちて暗くなり、昼間よりもさらに寒くなっていた。その寒さに「上野公園の人だかりが、鬱陶しくなくなったらもう冬だよ」という言葉をまた思い出すが、不思議と思い出すのはこれが最後のような気がしていた。それでもこの言葉を教えてくれた彼女に、また何時か何処かで出会うことがあったなら、「パンダに会いたくなったら、もう恋だよ」と今度は僕が教えてあげたい。

 そんな風に考えながら歩いていると、足元で枯葉がカシャリと音を立てたような気がした。