『今年一番の大勝負』/遊川小説

ー2021年10月某日

 10月にもなると、どことなく年末年始の気配をうっすらと感じ始める。かく言う自分にも、年始に向けた大仕事が舞い降りてきた。この会社に入社して半年、今までは先輩の補助だったが、ついに俺にも一人で仕事が任された。元々、就活で大失敗して、焦りと不安で片っ端から面接を受けて唯一受かった会社だけど、大仕事を前に高揚している自分がいた。間違いなく今年一番の大勝負になる、そんな予感がしていた。

 俺の仕事は一言で言うなら「おみくじを作る人」だ。お寺や神社から依頼を受けて、おみくじの文面を考えて、印刷して納品するのが仕事。就活大連敗した俺が作るおみくじなんてご利益という意味ではやばそうではあるけど、そのおみくじにご利益的なスピリチュアル的なパワーを込めて、当たるおみくじにできるかどうかはクライアントの腕の見せ所とさせてもらおう。兎にも角にも、俺の仕事は文章を考えることだ。

 普通のおみくじでは、文面は基本的にはスタンダードで使い回しが可能なフォーマットを用いているが、クライアントによってはオーダーメイドを所望される場合もあるので、そういったケースでは俺のような職人が要望に応じた文面を考える。大きな神社だと自分のところで全て考えて印刷は委託、というケースもあるけど、中規模のそこそこ有名くらいのところだと自分たちで考えるのが難しいケースもある。そういったところからのオーダーメイドを請け負うのが仕事だ。オーダーの内容はその時々の時勢とか、あとはそのお寺なり神社なりの特性に合わせたり様々だ。今回、俺が任されたのはそこそこ有名な縁結びの神社で「縁結びを重視しつつ、例年よりも攻めた感じで」という雑な上にまあまあ難しい発注だったが、チャレンジングな仕事でかつ恋愛絡みとなると社内で一番の若手に相応しいのでは?という70過ぎの社長の鶴の一声で大抜擢されたのだ。

 俺が担当する神社は大吉、凶などの吉凶を10段階で分けていて、さらに願事、病事、待人、争事、学問、商売、恋愛、転居、旅行、などの9個の項目が存在し、項目ごとに段階を分けて文言を考えて運勢に応じて振り分けていくスタイルを取っている。そこに和歌を選んで載せるという作業が加わり、さらに番号ごとに運勢概要を書く。普通の神社であれば運勢概要だけ個別で考えて、各項目の文面はスタンダードなフォーマットを活用するのだが、俺が担うのはフルオーダーメイドのめちゃくちゃハードな案件だった。100個の運勢概要と運勢10段階に応じた9個の項目を考える。それも12月中に印刷を終えて納品しなきゃなのでスケジュールもハードだった。1ヶ月ちょっとで190個も作文しなくちゃいけないと思うと普通に無理だと思った。

 泣き言を言っても仕方がないので、まずは着実に運勢概要をこなす。先輩が言うには一番下から考えて行くと良いと言うので大凶から考えてみることにした。一番上である大吉を弱めに設定すると大凶になる頃には目も当てられなくなるくらいの酷な物言いになってしまうらしい。良い方がインフレする分には良いが、悪い方のインフレはクライアントからクレームが来るらしい。程よい塩梅の忠告と救いのある内容を考えなければならない。

 大凶を鮮やかかつスピーディーに仕上げた俺はここである問題に気づいた。俺が担当するおみくじは運勢が10段階に分かれている。10段階、普通そんなになくない?と今更ながら気がついたのだ。大吉、中吉、小吉、末吉、凶、大凶くらいしか知らなかった。小吉と末吉はどっちが上なんだっけ?吉ってあった気がするけどどこに入るんだろ?おみくじ業界歴半年なんてそんなレベルなのだ。

「センパイ、運勢って10個も何あるんですか?超吉とか神吉みたいなのがあるんですか?」

「大体10個って言うと、大吉、中吉、吉、小吉、末吉、平、凶、小凶、末凶、大凶の10個かな。場所によっては吉と中吉が入れ替わったり大大吉が入ったりするのよ。あなたのところは私がさっき言った通りであってるはずよ」

この道30年のベテラン野口さんは苦笑混じりに教えてくれた。あまりにも滑らかに謳い上げたので全然聞き取れなかった。俺がそう言うと、野口さんはそのままおみくじの文字に使えそうな達筆で書かれたメモを寄越してくれた。

 改めて作業に取り掛かる。末凶、小凶がどれくらいの悪さなのがいまいちピンと来なかったが、なんとか捻り出す。大凶くらい振り切ってくれたら清々しいのに、大凶には及ばないけど悪め、くらいだと落胆仕切れなくて一番嫌な気がした。

 苦悩しながらも凶ゾーンを攻略したが、問題はその次だった。「凶」の次の「平」。もはやバランスが難しいとかいうレベルの話じゃなかった。そもそも聞いたことがない。何、「平」って?いや、意味は何となくわかる。平凡の「平」、平均の「平」、平常の「平」。要は普通とかそこそこということだろう。それはわかった上で「平」って何なのよ、今まで吉凶でやってきたじゃない?吉か凶はつけましょうよ…という気分だった。突然現れた「平」で俺の頭は埋め尽くされていた。「へい、へい、へい」と呟いてたらいつの間にか「HEY HEY HEY」に変換されて脳内に『学園天国』がかかり出した。「Are you ready?」じゃない、「平」って何かを教えてくれ。

 教えてくれたのは信頼と実績の野口さんだった。

「まずこれはね、『へい』じゃなくて『たいら』って読むのよ。たまに『へい』とか『ひら』って読む場合もあるけどね。あなたのところは『たいら』って読むわよ。意味は吉と凶の中間、何事もなく平穏な状態って感じね。そもそもおみくじに入ってるところも少ないし、入ってても数が少なかったりで結構珍しいのよ。大吉や凶なんかよりも少ないから遭遇できたら逆にラッキーとも言われてるわよ」

概ね想像通りだったけど、読み方を間違えていたのは恥ずかしかった。「たいら」の読みを頭にインプットしたら、すぐに『学園天国』は脳内から消し飛んだ。結局、当たり障りのないことを書いた。出来栄えは可もなく不可もなくまさに「平」って感じだった。

 吉ゾーンは凶ゾーンと比べて1つ多いのでさらに難航した。他所のおみくじをパクってやろうとも考えたけど、それって著作権的なの大丈夫なのか?なんてことを考え出したら面倒くさくなってやめた。去年のを参考にしようとしたけど、例年になく攻めたものをってオーダーの前では何の役にも立たなかった。神主め…と考え出したらキリがなく、これ以上恨言を吐いていたらおみくじに邪念が籠もりそうだったので、心を落ち着かせて自分は神だと思い込むようにした。神になってからは無心でおみくじを作った、何を書いても許されるような圧倒的な万能感に身を包まれていた。

 終盤筆がノリに乗っていた俺は190個以外にも予備の文章まで作成するまさに神懸かり的な勢いだった。今思うと本当にノリと勢いで書いていた節があったが、クライアントの最終チェックは問題なく通った、通ってしまった。正直、OKが出るとは思ってなかった。それくらいやばい仕上がりだったと我ながら思う。今年世代交代したというクライアントの神社の新神主の経営手腕に疑念を抱いて、今後が少し心配になった。「来年もお願いします」と言われてうっかりお断りしそうになったのを社長に止められ、後で叱られた。これから中身の組み合わせを決めて、工場で印刷して納品する。それが終わると、多分神社で祈祷的なことをして何らかのパワーを注入して準備完了。そして来年の元旦にから販売される。

ー2022年1月1日

 おみくじに懸ける思いがこれほど強いのは僕くらいのものだろう。漢字で書くと「御神籤」すなわち神のくじに身を委ねるしかないところまで来ているのだ。そしてこれも4年目の挑戦になる。今年こそは彼女に告白をする。そのためにも大吉を引き当てねばならない。

 そんなことしてないでさっさと告白すればいいと我ながら思う。だけど、10年以上も幼馴染として仲良くやってきた相手に告白するというのは生半可な決意ではできない。友人として築いた関係性や地位が「すきだ」という一言で崩れ去ってしまうのではないかという恐怖は筆舌に尽くし難い。今の関係が良好で快適で幸福だからこそ、より発展させたいという思いと、現状維持で末長く続けたいという思いがせめぎ合っているのだ。

 彼女も彼女なのだ。ここ数年、なんとなく告白してきなさいよ?というような素振りをしたりしなかったり、僕に意識させるような発言をするのだ。それが単にからかっているだけなのか、それともそんなつもりすらなくて天然でやらかしているのか、はたまた僕の感じている通り僕の言葉を待っているのか、判然としない中で気持ちばかりが募っていくという状況がそろそろしんどいのだ。冷静な判断などできないくらいに混乱し困惑し苦悩し迷走しているのだ。

 そうなるともはや運命を天に任せるしかないと、そう思ってしまっても仕方がないと考え始めたのが3年前のことだった。3年前のおみくじでは中吉。勝負事は「上手く行く」と書いてあったが恋愛は「無理をすれば失敗する」と書いてあって、どっちを信じたらいいのか分からず踏ん切りがつかなかった。2年前は凶だったが、勝負事も恋愛も良さげなことが書いてあって、全体運を信じればいいのかそれともそれぞれの項目を信じたらいいのか分からず決断できなかった。そして去年は特に決め手になるようなことがなく、今年に至った。

 例年、一人で縁結びで有名なこの神社を訪れ、多くの女性に紛れて参拝しおみくじを買っているが、今年こそはという気持ちでやってきたのだ。周りの女性たちに本気を引かれそうなことは覚悟の上で、お賽銭には1000円を投入した。こう言っては何だが、覚悟が違うのだ。さながら戦場に赴く戦士のような覚悟と緊張感を懐に潜ませながらおみくじ売り場へと足を向ける。おみくじ売り場は比較的空いていて、思ったよりも早く順番が来た。普通のおみくじと縁結びのおみくじのどちらにするかを聞かれ、食い気味に100円高い縁結びの方を選ぶ。この日のために清めてきた左手を手袋から解き放ち、箱の中に手を突っ込んだ。人差し指と中指の間に挟まった一枚の紙を丁寧に引き揚げ、ゆっくりとその場から去った。神社の裏手の人の少ないエリアに向かう道中、心臓はかつてないほど高鳴っていた。

 深呼吸をし、開く前にもう一度神に祈る。無宗教の僕が祈る当てなど無いのだが、それでも何かしらの神に届けと念じた。そして震える手でゆっくりとおみくじを開いた。

『心を素直にし正しく決断すれば結ばれるでしょう 何事もおもうままになりますが相手を思いやればますます運は良くなるでしょう 人と自分のためにつくしなさい 駆け引きは不要 押しても大吉 引いても大吉 諦めなければ何事も良く収まるでしょう 愛は勝つ 愛は地球を救う 大吉👍』

 大吉だった。神社の境内の奥、僕はガッツポーズをしていた。大学受験に受かった時よりも遥かに気持ちが昂っていた。気持ち的には大大大吉と言ってもいいくらい、僕にとっては価値のある大吉だった。そして、そんな風に喜んでいるということが僕の本心なのだと気づいた。僕は最初から彼女に想いを告げたかったのだ。それを神に許されたような気がして、安心したのだ。

 ひとしきり喜び終わった後、改めて内容を確認した。本当に本当に紛れもない大吉だった。しかし文章が例年に比べておかしかった。おみくじの変に古めかした感じがないし、なんなら絵文字までついている。普段なら和歌が書いてあるところには、今年はなぜかaikoの曲の歌詞が書いてあった。権利関係はクリアにしてるのか、なんてどうでも良いことが気になってしまった。何はともあれaikoという恋愛の神様?のお墨付きをもらった以上、後に引くことはできない。例年のものはどうだか知らないが、なんだか今年の大吉は凄そうだ。本当に大大大吉なのかもしれない、なんてことを考えた。

 神様に背中を押された僕は、帰り道、大吉のおみくじをそっと握りながら彼女に電話をかけた。 
 僕には神がついている。今年一番の大勝負が始まろうとしていた。